自社株を従業員持株会に売却する流れ・メリット・デメリット

後継者問題の解決や節税対策のために、従業員持株会の設置を検討している経営者の方もいるでしょう。実際に、従業員持株会を設置して自社の従業員に株式を売却することで、今の悩みが解決する可能性があります。
本記事では、自社株を従業員持株会に売却する際の流れやメリット・デメリットについて解説します。従業員持株会を設置すべきかどうか適切な判断を下せるように、ぜひ参考にしてみてください。
従業員持株会の概要と仕組み

従業員持株会は、従業員の経営参画意識の向上や財産形成を目的とした福利厚生制度です。
基本的な仕組みは、従業員(会員)の毎月の給与から一定額の拠出金を天引きし、その資金で会社が自社株を購入する形式です。株式は拠出金に応じて、会員に配分されます。
従業員持株会は従業員の自社成長への関心を高め、株主構成の安定化や敵対的買収リスクの軽減にもつながる有効な手段です。一方、奨励金の支給コストや管理の負担もあるため、導入は自社の状況を踏まえて慎重に検討する必要があります。
なお、従業員の意思のみで株式を取得する場合は、従業員持株制度には該当しません。
自社株を従業員持株会に売却する流れ

自社株の従業員持株会への売却は、以下の4STEPに沿って行います。
- 株式を譲渡する従業員の範囲を決める
- 持株会の規約を定める
- 従業員持株会の説明会を行う
- 従業員に株式を譲渡する
順番に見ていきましょう。
1.株式を譲渡する従業員の範囲を決める
自社株を従業員持株会に売却する際はまず、株式を譲渡する従業員の範囲を決めましょう。会社には正社員やパート、アルバイトなどさまざまな立場の従業員がいます。
譲渡する範囲が広いと株式が流出したり、トラブルに見舞われたりする恐れがあります。
従業員持株会に参加できるのは原則として正社員と子会社の社員のみとし、パートやアルバイトは参加させないようにしましょう。
2.持株会の規約を定める
株式を譲渡する従業員の範囲を決めたら、次に持株会の規約を作成します。規約には、主に以下の項目を明記します。
- 入会と退会に関する規定
- 毎月の拠出金額や奨励金に関する規定
- 株式の購入方法や管理方法に関する規定
- 配当金の取り扱いに関する規定
- 退会時の持分の払い戻しに関する規定
とくに、自社株の社外流出を防ぐために、退会時の株式の取扱いや譲渡制限などを規約で定めておくことが重要です。
規約を作成することで従業員持株会の運営ルールが明確になり、トラブルを未然に防ぎやすくなります。また、従業員も持株会の仕組みを理解しやすくなるため、安心して入会できるようになるでしょう。
3.従業員持株会の説明会を行う
持株会の規約を作成したら、従業員が持株会の制度を正しく理解できるように、従業員向けの説明会を開催します。説明会で話す主な内容は、以下のとおりです。
- 従業員持株会の目的や意義
- 持株会の仕組みや規約の内容
- 自社株式の購入方法や管理方法
- 奨励金の有無や配当金の取り扱い
- 退会時の手続きや持分の払い戻し方法
説明会を通じて、参加するメリットを認識できるようにします。また、従業員の疑問や不安を解消できるように、質疑応答の時間を設けることも大切です。
説明会の最後には、持株会への参加を希望する従業員を募ります。参加希望者には、必要な手続きについて案内します。
説明会を丁寧に行うことで従業員の持株会への理解が深まり、スムーズに自社株を売却しやすくなるでしょう。
4.従業員に株式を譲渡する
最後に、自社株を従業員持株会に譲渡します。従業員持株会は同族関係者ではないため、税務上は配当還元方式で算定した株価での譲渡が可能です。
株式の譲渡後は、以下のように従業員持株会を運営します。
- 会員となった従業員の給与から毎月一定額を天引きする
- 天引きされた全会員の金額を用いて、従業員持株会で自社株を共同購入する
- 購入した株式を各会員の拠出金額に応じて分配する
- 会社から奨励金の支給や配当金の分配を行う
従業員が継続的に参加したいと思えるように、規約に沿って適切に運営することが大切です。
自社株を従業員持株会に売却する5つのメリット

自社株を従業員持株会に売却することによる会社側のメリットは、以下の5つです。
- 会社の議決権・経営権を奪われにくい
- 配当還元価格での株式譲渡による節税効果が期待できる
- 事業継承対策になる
- 株式が外部へ流出しにくくなる
- 従業員のモチベーションアップにつながる
順番に解説します。
会社の議決権・経営権を奪われにくい
自社株を従業員持株会に売却することで、会社の議決権や経営権を守りやすくなります。
通常、株主総会での重要事項の決定には、発行済株式数の2/3以上の議決権が必要です。しかし、自社株の従業員持株会への売却時に譲渡する株式数を調整することで、経営者側が2/3以上の株式を保有し続けられます。
例えば発行済株式1,000株のうち、経営者が700株(70%)、従業員持株会が300株(30%)を保有するように設定すれば、経営者の持株比率は2/3以上となり、特別決議は単独で可決可能です。
さらに、従業員持株会に譲渡する株式を議決権制限株式にすることで議決権を制限でき、従業員の介入を防げるようになります。
このように従業員持株会に売却する株式をコントロールすれば、会社の議決権や経営権を奪われるリスクを低減できます。
配当還元価格での株式譲渡による節税効果が期待できる
自社株を従業員持株会に売却する場合は、配当還元価格で株式を譲渡できるため、節税効果が期待できます。
配当還元価格とは、会社の配当金の金額から逆算して算出する株価のことです。一般的に、従業員持株会は経営者の同族関係者ではないため、配当還元価格で自社株を譲渡できます。
発行済株式1,000株、1株あたりの評価額50万円の会社を例に挙げましょう。経営者が全株式を保有し続けると、相続税は2.5億円(1,000株×50万円×50%)となります。
しかし、従業員持株会に対して30%(300株)の株式を配当還元価格(例えば1株あたり3万円)で譲渡すれば、経営者の手元には900万円(300株×3万円)の現金が入ります。相続財産は3億5,900万円(700株×50万円+900万円)となり、相続税を約1億7,950万円まで抑えることが可能です。
つまり、配当還元価格という低い価格で従業員持株会に自社株を譲渡することで、相続税の節税につなげられる可能性があります。
事業承継対策になる
自社株を従業員持株会に売却することで、事業承継しやすくなる可能性があります。理由は、以下の2つです。
- 将来的に相続財産となる株式を減らせる
- 信頼できる従業員を後継者候補として育成しやすくなる
株式も相続財産の一部であることから、従業員持株会に売却できれば相続税の負担軽減につながり、事業承継を円滑に進められるでしょう。
また、自社株を保有させることで従業員の経営参画意識を高められることも、メリットのひとつです。優秀な人材の定着や育成につながり、将来の後継者探しにもなるでしょう。
このように自社株の従業員持株会への譲渡は、相続税対策や後継者の確保の観点から、中長期的な視点での戦略となりえます。
株式が外部へ流出しにくくなる
従業員持株会への株式譲渡は、自社株の社外流出を防ぐ有効な手段のひとつです。具体的には、持株会の規約にて会員資格を「当該会社の従業員」に限定することで、株式は従業員以外の第三者へ渡りにくくできます。
また、株式の社外流出をより確実に防ぐために、持株会の規約に以下の内容を盛り込みましょう。
- 退会時は、保有株式を持株会が定めた時価で買い取り、現金で払い戻す
- 株式の引き出しを認めない
- 株式は持株会の代表者名義で一括管理する
上記のように規約で定めておけば、退職した従業員は保有株式を持株会に売却して現金化するしかなくなるため、株式が外部の第三者に渡ることはありません。
加えて、従業員が保有する自社株を持株会に組み入れられる旨の規定を設けることで、さらに株式の社外流出を防ぎやすくなります。
従業員のモチベーションアップにつながる
自社株を従業員持株会に売却することで、従業員のモチベーションアップ効果が期待できます。従業員が自社株を保有することで、会社の業績向上が自身の利益につながるという意識が芽生えやすくなるためです。
加えて、従業員持株会では奨励金の支給や配当金の還元がされます。従業員自身の頑張りが株式の価値向上につながり、実際に金銭的な恩恵として返ってくる点も、モチベーションアップにつながりやすい理由の一つです。
結果として従業員のエンゲージメントが高まり、生産性向上や優秀な人材の定着につながる可能性があります。
自社株を従業員持株会に売却する5つのデメリット

自社株の従業員持株会への売却を検討するにあたって、デメリットも5つ存在します。
- 業績が悪化しても従業員に配当金を出し続ける必要がある
- 脱税とみなされて税法上のペナルティを受ける可能性がある
- 従業員が株主総会に出席してしまう可能性がある
- シナジー効果が期待できないため会社の成長につながりにくい
- 従業員退職後(持株会退会後)の対応が複雑である
理解しておかないと、会社経営にも悪影響を及ぼす恐れがあるので、ひとつずつ押さえておきましょう。
業績が悪化しても従業員に配当金を出し続ける必要がある
自社株を従業員持株会に売却すると、業績が悪化したとしても従業員に配当金を出し続けなければなりません。
業績悪化により無配当となれば、従業員のモチベーションは大きく低下してしまうでしょう。その結果、従業員持株会の魅力が損なわれ、新規加入者が減少する悪循環に陥る恐れがあります。
とはいえ、無理に配当金を支払い続けると、会社のキャッシュフローは悪化してしまいます。従業員の雇用を守るためにも、会社の存続を優先せざるを得ない場面も出てくるはずです。
このようなジレンマを抱えながら業績悪化時にも従業員への配当金を維持し続けることは、経営者にとって大きな負担となります。
自社株を従業員持株会に売却する際には、業績悪化時のリスクを十分に認識し、対応策を事前に検討することが大切です。
脱税とみなされて税法上のペナルティを受ける可能性がある
自社株を従業員持株会に譲渡することで、相続税の節税効果を得られる場合があります。しかし、従業員持株会は本来、従業員の福利厚生を目的としたものです。
そのため、節税目的で従業員持株会を設立するなど不自然な株式譲渡を行った場合、脱税行為としてペナルティを科される可能性があります。
したがって、自社株を従業員持株会に譲渡する際は、制度の本来の趣旨に沿って適切な方法で実施することが重要です。
従業員が株主総会に出席してしまう可能性がある
自社株を従業員持株会に売却することで、株式を保有する従業員が株主総会に出席する可能性があることも考慮すべきです。
従業員持株会を通じて自社株を保有する従業員も、株主に含まれます。仮に従業員持株会の持株比率が高くなれば、従業員が株主総会に出席し、経営に対して発言権を持つケースもありえる話です。
経営者の立場からすれば、従業員が株主総会で経営方針に異を唱えたり、議決権を行使されたりするのは望ましい状況ではないでしょう。
従業員を株主総会へ出席させたくない場合は、従業員持株会に譲渡する株式を議決権制限株式にするのがおすすめです。従業員は株主総会で議決権を行使できなくなるので、経営者の判断で経営方針を決めやすくなります。
シナジー効果が期待できないため会社の成長につながりにくい
従業員持株会はあくまで自社の従業員で構成される組織であるため、自社株を売却したとしてもシナジー効果は望めない点も、理解しておきましょう。
シナジー効果とは、複数の企業や事業が統合されることで生まれる相乗効果です。株式の譲受をともなうM&Aや事業提携などの施策では、異なる事業を持つ企業が提携し、互いの強みを生かした新たな価値創造やコスト削減などが期待できます。
従業員持株会への売却はM&Aや事業提携のようなシナジー効果は見込めず、会社の成長にはつながらないでしょう。
従業員退職後(持株会退会後)の対応が複雑である
従業員が退職すると自動的に従業員持株会を退会することになり、保有株式の取扱いで苦労する可能性があります。例えば、未上場企業の場合は持株会が買い取る株式の評価方法が複雑であり、税務処理の負担も大きくなるでしょう。
また、社外に株式が流出したり、相続時に問題が発生したりするケースも考えられます。退職者が多数出た場合には、株式の買取資金の確保も課題となるでしょう。
従業員の退職後の処理については、持株会ルールの設計段階で十分に検討し、明確なルールを定めておくことが重要です。
自社株の従業員持株会への売却に関するFAQ

Q.非上場企業が従業員持株会に売却する際の株価の決め方は?
上場株式であれば、市場価格に沿って決めます。
一方、非上場株式は市場で取引されていないため、株価を算定する必要があります。非上場株式の一般的な評価方法は、以下の2つです。
- 原則的評価方法
⇒従業員数や総資産価額、売上高などをもとに株式の評価額を算出する方法 - 特例的評価方法
⇒発行会社の規模にかかわらず、特例的な評価方式である配当還元方式で評価する方法
非上場株式の評価方法については以下の記事で解説しているため、気になる方はこちらもご覧ください。
関連記事:非上場株式の相続手順・株式の評価方法・払えない時の対処法について
Q.自社株を従業員に売却する理由は?
会社が自社株を従業員持株会に売却する主な理由は、以下の3つです。
- 従業員の経営参画意識の向上が期待できる
- 相続税の節税につながる可能性がある
- 事業継承しやすくなる
従業員が保有することでモチベーションの向上につながります。また、会社の財務面でのメリットとして節税効果が期待できることに加え、いざ事業承継となったときに円滑に進めやすくなります。
従業員持株会を適切に運営できれば、従業員と会社の双方にとって、メリットがある制度です。